シェルビー・ヤストロウ/遺言執行

もし、戦争が無かったらきっと幸せになれたのに。




仕事の依頼

遺言を執行する弁護士のもとに、自分の死後遺言を執行して欲しいと一人の老人が訪ねてきた。老人の風体から、遺産と言ってもそれほどの額でもないだろうし、近親者も少ないだろう、手間はかかるまいと仕事を引き受けた弁護士。

しばらくして老人が亡くなったと連絡を受けた。遺言書を開封すると そこには巨額の遺産を、ユダヤ教の教会シナゴーグに遺贈すると 書かれていた。


疑問

老人が生前住んでいた家は質素で、長年証券会社の簿記係として地味に暮らしていたらしい。老人は、どうやって巨額の富を築いたのか。 何故使わなかったのか。ユダヤ教の信者ではない老人が どうして教会に遺贈するのか。この遺産の話は街中の噂になる。


群がる人達

老人が働いていた証券会社は、遺産は横領した金なので返還するべきだと主張してきた。彼のかかりつけの医者は、自分に残すと遺言されたと主張。ユダヤ教会は遺言通り、自分たちが遺産を受け取ると主張。ガンに侵されていた老人の世話を するため、週に数回の通いのお手伝いさんは自分に 遺産は残してくれていないかと弁護士のもとを訪れる。


老人の半生

弁護士はえらい仕事を引き受けてしまったと思いながら、いつもの手順通り事実を 確認していく。遺言は最期の声でもある。

老人が残した物を手掛かりに、他に遺産相続人がいないか確認しなければならない。ドイツに近親者がいるとわかり、連絡を取る。

一生に一度の恋

老人はドイツ人だった。若い頃、1人の女性と恋に落ちた。相手はユダヤ人。彼女の家は裕福だった。戦争がはげしくなり、彼女と彼女の家族は捕らえられる危険が増した。

その時、彼女の父親に宝石を託された。今、自分達と関わりがあるとわかれば、捕らえらるかもしれない。だから、今は自分達と関わらないように。宝石を預かってくれ。もし戦争が終わったら返してくれたらいい。その時は娘と一緒になってと。

だが、その願いは敵わなかった。老人はその後アメリカに渡った。恋愛もせずこつこつと働き地味に暮らし、証券会社に勤めた知識で財産を増やした。それはもともとユダヤ人の彼女の家のものだ。だから、ユダヤ教会に寄付しようと。


最初読んだ時は、とても悲しいと思った。だが、しばらくして思った。彼は幸せだったのかもしれないと。時も生死も飛び越える愛し愛された記憶。一生の目標に出来たのは、その記憶と思いが根底にあったからだと考えれば、そう悪くはないのかもしれない。